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ラノベとゲーム制作かもしれないブログ

オタクが最近読んだ見たラノベアニメ作るゲームの話を書きます。

便利屋

 「○○王国の姫が攫われた……ねぇ。どうもキナくさいな」
とある日の午前。
俺、リルクはきっと冷たい目でこの記事を見ているだろう。
それは俺が姫様に可哀想という感情を持っているからではない。断じて違う。
理由はもっと高尚なものであるのだ。
 その時、思いっきり地団太をするような音がドアから聞こえる。
マズいと五感が告げる。同時に、逃げなくてはイケないとさえも告げられた。
逃げよう、とするがこの狭い俺の家に出口など玄関しかあり得ない。
故に、逃げることはできない。
 ドン、と大きな音を立てて扉を勢いよく開く。
「リルク」
 玄関で仁王立ちしているのは一人の少女……と言える年齢の子だった。
髪は肩まで切り揃えられ、ワンピースを着ているからか、スカートがふわっと踊ろっているように見える。その優しさを思い起こすようなイメージとは逆に瞳は強さを秘めていた。
「よ、よぉ。エリス。今日はどうしんだよ?」
「リルク」
「あ、分かった! あれだろ、あれ! ほら、えっと、おばさんが作ってくれた料理のお裾分けか、なんかだろ? そうだろ?」
「リルク」
「それなら、言ってくれれば俺から言ったのによー。隣に住んでんだし」
「リルク」
「それに、ほら。俺達長い付き合いだし……その家族……みたいなモンだろ?」
「リルク!」
 今まで静寂な泉の水面が揺れないように優しく語りかけていたエリスが怒鳴りつける。
「アンタ! 家賃どうなってんのよ!」
「ちょ、今日は家賃回収日じゃないだろ?!」
 この家は正確には俺の家ではない。借り家だ。
昔、行き場がなくて倒れていた俺を、エリスが助けてくれたのだ。
そしてエリスが両親に頼み込んで、俺はここに住まわしてもらっている。もちろん、家賃を払って。
 しかし、今日は家賃回収日ではない。……それでも、俺には心当たりはあった。
「アンタねぇ! 先月分よ! 先月の家賃耳揃えて、今日、今、ここで、すぐ、払いなさい!」
 ……先月分払ってなかったな……。しかし、
「それは無茶だ!」
「何が無茶って言うのよ」
 切れ長の瞳は俺を殺すかのように貫いていた。
「今日の今日で、それ言うってどこの金貸しだよ!」
 むしろ、どこかの金貸しの方が待ってくれるだうし、お茶の一つも出してくれるしで優良的かもしれない。目の前にいるのは金の悪魔だ!
「今日の今日って……アンタ先月分だったのよ?!」
「そうだな」
「お金……あるでしょ……?」
 何に恐れているのか分からないが、聞きたくないのか、エリスは恐る恐る尋ねた。
それに自信を持って、胸を張って答える。
「ない」
 文字にして二文字、言葉にして一秒もかからない。実に短く、分かりやすい模範解答。
「…………」
「エリス……?」
 彼女は声を失っていた。自身のスレンダーな体を見下ろし、宙に浮かせている腕は、ぷるぷると微動していた。
俺の五感が再びやばい、と告げる。
「あっっっっっっんたねぇ~~~~!」
 見上げた顔は、ほんのりと紅くなっていた。興奮している様子である。
それは性的な物ではなく、言うなら怒気的な物だろう。
「いっつもそればっかり! ちゃんと働きなさいよ!」
「いや、ほら。エリス。今は、物騒だし……」
 そこまで言ったところで、床に放り出していた新聞紙が目に入る。
「今朝だって、新聞紙で姫様が誘拐されたみたいだしよ。どうしよう? 俺誘拐されるのかも? 怖くない? 怖いわー」
 心なしか、エリスの額がヒクついている気がする。
「リルク、自分の職業を言ってごらんなさい? んんぅ?」
「じ、自宅警備員……?」
「あぁ?」
「な、便利屋っす……」
 便利屋――説明する必要もないくらい完成している職業だ。
依頼者から頼まれた依頼をやり遂げ、お金をもらう。それだけ。
ただ依頼内容が法律違反しているのはダメだ。
なぜなら、俺が怖いからだ!
命にかけて、大金を稼いでも、命は買えないからもらっても意味がない。
死んでから、金は使えないのだ。
故に、金は命より劣っているのだ……とは言わない。物事は全て見方だ。見方によれば、金でだって、命は買える。
例えば、難病を患った患者が居たとして、その病気を治すのに必要なのは結局のところ金だ。医者だろう、と言いたいのも分かる。しかし、医者だって、金で雇うのだ。
だから、金で買えないものがない、とも言わない。
「そう。なら、物騒な時ほど仕事ってあるわよね?」
「俺、そういう野蛮な依頼、専門外なんだけど」
「あるわよね?」
 顔を、ずんっと近づけてエリスは言う。その大人とも少女とも取れない難しい年頃の女の子の顔に、匂いに少しドキドキした。
「……あるかもな」
「よろしい。では、行ってらっしゃい」
 エリスはおかしくなかったのか、自宅に居る俺に向かって、あろうことか「行ってらっしゃい」と口にした。
「新妻プレイ……?」
 純度マックスな疑問を投げかける。ここは乗るべきか? 降りるべきか?
エリスの顔は先ほどとは、思えないほど紅く染まっていく。リンゴのようだ。
「ばばばばば、バカなこと言ってないで、行けえぇええぇぇええ」

「仕事って、言ってもなぁ……」
 エリスに叩きだされた俺はふらふらと街の栄えている大通りを歩く。
ここ――○○は、(姫様が攫われた)国に近いこともあり、そのため物資の補充や休憩、商人などがよくここを通る。それのおかげで、非常に賑わいが良い。
しばらく歩くと、申し訳程度に建てられている掲示板が目に入る。
「どれどれ。ウマそうな依頼は……っと」
 上から下へ舐め回すように見る。
子犬の捜索。鍛冶屋の手伝い。パン屋の売り子。居酒屋の仕込み。
その日、募集している仕事の数々が書かれていた。
しかし、そのどれもが便利屋……いや、俺の理想の仕事とは程遠い。
「どうやって、時間潰すっかな」
 頭を切り替えていく。行動も切り替えていく。
居酒屋……にでも行くか?
しかし、時間が時間だ。まだ昼頃だ。その時間から居酒屋にいるなんて、いい大人がしていいのだろうか?
 そんな悩みを抱えていると、
「リルじゃないか」
「なんだ、イエか」
 隣に視線を向けると、爽やかな笑顔を浮かべている俺より少し下くらいの女の子の姿が見えた。しかし、エリスとは違って妙に大人っぽさがある。
艶のかかった白銀の髪はどこかの貴族かと思っちゃうし、凹凸のある体も色っぽく、可愛い。イエは間違いなく○○の中だったら五本の指に入る可愛さだ。
「なんだ、とは失礼だなぁ」
 少しも傷ついていないのか、普通にクスクスと笑みを絶やしていない。
「いつものことだろ」
「そうだね」
 イエは俺と同じ便利屋を営んでいる。言わば同業。さらに言えば、商売敵。
「今日はどこかの依頼を受けるのかな?」
「いーや。どこもしょっぱいし、テキトーにぶらつく予定」
「それじゃ、エリスに怒られてしまうよ」
 またしても、イエはクスクスと口を手で隠し笑う。
「将来が心配だぜ。見た目は可愛いのによ」
「…………」
 イエがじぃっと視線を送ってくる。何か言いたげだ。
「その後半をエリスに言ってあげたらいいのにね」
「は? なんでだよ」
「まぁ、いいんだけど」
 イエが何を言いたいのか、分からない俺は思わず首を傾げる。
「それより、さっきの話だとリルは暇なんだよね?」
「酒でも奢ってくれるのか?」
「昼間から飲まないでよ。……まぁ、でも、話あるから食事でもどう?」
 食事か……。そういや、朝、エリスに叩きだされたから、何も食べてない。
そう思ったせいか、突如、俺の腹が悲鳴をあげた。
「話は決まったようだね」
 その時のイエの笑顔はなぜだか、面白くなかった。
でも、飯奢ってもらうし、いいとしよう。
そうやって、自分を無理矢理納得させた。
「それでは、行こうか」
 イエが先導するように歩く。
○○の大通りは昼頃のせいか、一層賑わいが増していた。熱気に思わず倒れそうになる。
露店や商店では人の行き来が激しそうだ。
カフェや食事処なんかでも、人がいっぱい居るのか、かなりの人が並んでいる。
イエを見ると、どこか楽しそうに見つめて、歩いていた。
「この街は本当賑やかだね」
「あぁ。そうだな。うるせーくらいに」
 俺が来た三年前から、今の今までこの熱気は衰えていなかった。
それどころか、××の政治が忙しいせいか、商人が積極的に××に出入りするところを見る。そうなると、必然的にこの街を経由する必要がある。だから、恐らく熱気は増しているだろう。
「そうか。リルも確か移転者だったね」
 俺は三年前。そして、イエは一年前、この街に来た。
「なんだか、リルとは他人て感じがしないね」
 屈託のない笑顔でそう告げるイエはどこか少女の面影を残していた。
 そうして、少し恥ずかしい思いをして着いた場所は一件の食事処だ。
「ここは?」
 イエが俺の問いに答えるより早く、俺はイエに手を引かれ店内に入る。
店内を見ても、特に変わらない食事処だった。
椅子にテーブルにメニュー。どれも普通だ。むしろ、もう少し内装凝ったら? とアドバイスしたくなるくらい簡素である。
 だから、人気がないのか、昼時というのに客が俺とイエだけなのか。
「ベル亭だよ。昼から夜までやってる食事処さ」
「ふーん。それで?」
「まぁ、細かい話はご飯を食べてからにしよう。旦那さん」
 どこか慣れた様子でイエは店主を呼ぶ。
「は、はい」
 旦那と呼ばれた人物は、どこかおどおどしていてとても店を構えている様子には見えなかった。……いや、ある意味納得だ。
覇気がないから、元気がないからこそ、この店は人気がないのだ。
「いつものを二つ」
「か、かしこまり、ました」
 水を卓上に置き、頷く店主。
「それでは、よろしく頼むよ」
 とことこ、と店主は奥に行った。後ろ姿もどこか哀愁漂っている。
「なぁ」
 イエは向き直した顔で、俺を見る。
「ん?」
「それで俺に何の用だ?」
「……というと?」
「用があるから、俺を誘ったんだろ?」
 イエは少し肩を揺らして答えた。
「心外だなぁ。リルとは用がなくても、飲み食いくらいしたいさ」
「それはよーござんす。それで、本当のところはどうなんだよ?」
「……」
 イエは溜息を軽く尽くと、
「今朝の新聞見たかい?」
「あぁ。あの……○○国のお姫様が誘拐されたっていう……」
「そう」
 イエは小さな桜色の唇を水に濡らし、次の言葉を紡ぐ。
「そのお姫様がこの町に来ているかもしれない」
「ここに誘拐されているってことか?」
 静かに首を横に振った。それは違う、と。
「逆だよ。逆。ここに逃げてきたのさ」
「逃げるって何に?」
 自分の国から逃げるなんて、正気の沙汰とは思えない。
それこそ、誘拐されてしまうだろう。
「自国にだよ。正しくは、オルコット大臣から」
「大臣って……何でまた」
 イエはもう説明するのが、面倒になったのか大きく息を吸い込み、吐き出す。
「遠回しに言われても分かんねぇよ」
 イエは俺に何を伝えたいのか、分からなかった。
「リーリア様の父君……前王が亡くなったのがいつか分かるか?」
「確か……二ヶ月くらい前か?」
 あの時は、街でもかなり騒いでいたし、記憶に新しい。
おかげで、美味しい仕事にもありつけたし、毎日こんな風だったらなぁ、と不謹慎にも思っていた。
「そう。それから、王の代行として大臣が舵をとっていた。が、ここで問題が出てきた」
 イエは卓上に指を置いた。一本指で、トントンと机を叩く。
「○○国では王継承は十五の時と決まっている。そして、もう幾日かで、リーリア様は十五歳になられる」
 ここまで来たら、俺でも簡単に話が分かってしまった。
「つまりは、大臣がお暇様を殺そうとしたと?」
「私はそう思っている」
 なるほど。確かによくありそうだ。でも、それが本当とは限らない。
何より、何故イエがそれを知っているのか――。
「お、来たね」
 イエが待ちきれんとばかりに、目を輝かす。
店主が持ってきていたのは一品の料理。それも伝統的な。
「オムライスかよ」
 真っ白な皿に盛りつけられた金色の卵。そして、それらを赤く演出しているケチャップ。
子供の時に、誰もが母親にねだっただろう、オムライスだ。
「ここのオムライスは絶品でね。ほら、食べなよ」
 スプーンを差し出され、俺は受けとる。
そのまま、オムライスの真ん中にスプーンを差し込む。すると、卵が割れ中の赤いチキンライスが姿を現す。ぱらぱらっとしていて、よく炒めているのが分かる。
感触が告げる。これは美味いと。
 確かめるように、スプーンで掬い上げ、ひょいと口に運ぶ。
「?! うまっ!」
 イエはオムライスに手をつけず、肘を立て、指を絡み合わせ、その上に顎を乗せていた。
微笑を添えて。
「…………美味しいかい?」
 ニヤニヤしながら、イエはそう尋ねた。返ってくる答えに自信満々なんだろう。
「……まぁまぁだな」
「あれ? じゃ、食べるのやめる?」
 イエの手が皿に伸びる。その手を、弾くように叩く。
「もう素直じゃないな」
「うっさい」
 イエにオムライスをとられたら、叶わないので先ほどの世間話で茶を濁そうとするが、
「それで、結局さっきの話は――」
 そう言いかけたところで、上から言葉を乗せられる。
「これで契約成立だね」
 笑顔で彼女はそう告げた。俺は何を言っているのか、分からなかった。
が、すぐに、その言葉の意味を理解させられた。
「よかったね。旦那さん」
「は、はい! お願いします!」
 未だに、卓上横に居た店主が喜んだ。……何に?
「いやいや。は? ……は?」
 イエは目を細めながら、声音を低くした。
「それ食べたよね?」
「いや、驕りって……」
「言って無いよね?」
 ……一瞬考える。確かに「驕り」とは言っていない。でも、それズルくね!?
「おいおい! そんなん無いだろ!」
「私はただ食事にどうかなって誘っただけだよ?」
「こんの野郎……」
 イエは俺の目の前に指を一本を立てて、条件提示という脅しをかける。
「さて、ここでリルにあるのは二つに一つ」
「……」
「ひとーつ。大人しくココのお金を払うこと」
 それを聞いて、すぐさま俺は答えを叩きだす。
「よし払おう。今払おう。すぐに払おう」
 ポッケの中を弄り、金を探す。
 しかし、金はなかった。ジャンプをしても、チャリンと軽い音は鳴らない。
財布も家に置いてきたようだ。
「……ちなみに払わなかったら……」
「それはもう自警団のお世話になるしかないね」
「……ちっ。それで、もう一つの方法は?」
 イエの立てている指が一本から二本に変わる。
「ふたーつ。この店を繁栄させてほしい」
「繁栄……だと?」
「そ。繁栄。要は人気店にして欲しいってことだよね」
「……なんで、そんなこと俺に頼むんだよ……」
 イエはそれを聞くと、笑みを浮かべて答える。
「リルのことは信頼も信用もないけど、期待はしているんだ」
「そんな笑顔で言われてな……」
 実際、俺にプロデュースの才能があるとか、料理の腕が一流とか、そんなことはない。
一切ない。誰かを良く見せたことも、包丁を握ったこともないのだ。
そんな俺にできるのか、と問われれば、まず首を横に振る。
だから、この時の俺もなんとか言って断ろうとした。
「でも、俺本当に料理とかもできないし、知らねぇし、無理なん――」
「成功したら、報酬だってあげるからやってほしいな」
「ちっ、分かったよ。やってやらぁ」
 金もらえるなら、それはもう立派な仕事だ。エリスにも言われてるからな。
「じゃ、私は用あるからこれで。旦那さん、頑張って。リルもちゃんとやるんだよ」
 リルはいつの間にか、オムライスを平らげ、出口へと足を向けていた。
「お前もやるんじゃねーのかよ?!」
「私はこれから用あるからさ」
「さっき言ってた姫様に関わるやつか?」
 俺は何げなく聞いた。頭では「そんなことない」とか「殺し、とか誘拐なんてありえない」とすら思っていた。
 イエは振り向くと、顔がおかしそうに、ほころんでいた。
「リル。さっきのはキミを吊り上げるための妄言だよ。そんなこと信じて、周りに言ってはダメだよ?」
「冗談かよ。タチわりぃな」
「それじゃ」
 そう言って、彼女は去った。
店内に残ったのは食べ終わった食器類と俺と店主だけだった。
イエが去った方を向きながら、俺は店主に告げた。
「とりあえず、料理もっと食わせろ」

「ご主人様。お帰りなさいませ!」
 ウェイトレスの可愛い声が店内に響き渡る。
店内に次々と入る客をウェイトレスが迎え入れる。ちょっと変わってるやり方で。
「ご主人様。今日はどうなさいますか?」
「え、えっと」
 男(挙動不審)がウェイトレスの恰好を見て赤面している。
それもそのはず。このウェイトレスさんは、スカートがふりふりで短くて、極めつけはガーターベルトさえもしている。いわゆるメイド服を着ているのだ。
メイドというのは言わば、王に使える給仕さん。
それがこのお店――ベルベルドリーミン(旧ベル亭)では味わうことができるのだ!
「そ、それじゃ、このラブラブパフェを……」
 それこそが俺が店主に言い渡した必勝法である。
街中で可愛い女の子を誘い、服飾屋でそれっぽい服を見繕うだけで、こんなに違うのだ。店が分かりにくい場所にあっても、人が人を呼ぶように噂でこの店が盛り上がるのを計算した上で俺は店主に打診した。
店主は渋っていたが、その古い味にだけ拘るスタイルだから廃れたのだ、と強く押したら案外にも簡単に了承した。その店長も今では忙しく働いている。
「はい! かしこまりました! ご主人様!」
 バッチりウィンクを決めて、厨房へと下がっていくメイド。
「ラブパー、一個お願いしますー」
「ラブパー、了解ー!」
 店主の快活な声がフロアにまで響く。飲み屋かっての。
それに、なんで店主泣いてんだ?
「うぅ……苦節三年。ここまでこの店が流行るとは……」
 感動に浸っていた。でも、料理に涙は入れるなよ。
乙女の涙なら、男は大枚叩いても食うが、おっさんの涙なんか気持ち悪くて食えんし。
「行ってらっしゃいませー。ご主人様っ!」
 また一組帰ったので、入れ替わりのように一組を店に入れる。
「へー。結構流行ってんのね」
「げ、エリス」
 次のお客はなんと、俺がこういうことになった元凶であるエリスだった。
「もしかして、お前一人か?」
 周りにエリスの知り合いは居なさそうだ。
 一人でベルベルドリーミンとか、哀れ過ぎて俺が泣けてしまう。
誘ってくれれば、俺ぐらいなら行ったのに。あ、その前に仕事あったし、金無かったしで行けなかった。すまん、エリス。
「ううん。そこに……ってリエ、なんか失礼なこと考えてない?」
 そんなことを考えていると、エリスの鋭い指摘に冷や汗をかく。
「いやいや、んなことないって。つか、せっかく来たんだ。遊んでけよ」
 楽しめれば……の話であるが。「ふーん」とエリスが面白くなさそうに俺を見上げる。
そして、聞いてはいけない一言を尋ねる。
「リル。どう? 稼げてる?」
 薄笑いを浮かべつつも、答える。いや、苦笑だったかもしれないな。
「その問いに答えるなら『店は稼げてる』になるな」
「? 店が稼ぐのとリルが稼ぐの違いって何?」
 エリスもまだ十四とかだ。まだまだ大人の世界に入りきれてないな。
「つまり、俺はまったく稼げてない。ただ働きだ! あっははっは!」
「ちょっと、どういうことよ! それ!」
 両手を振り回し、俺に抗議する。……その言葉をイエに届けたいよ、マジで。
「まぁまぁ。お嬢様? お席はこちらになります」
 乱暴になった馬を落ち着かせるように、優しく語りかける。
「お、おおおおお嬢様?! ば、ばばばばばっかじゃないの?!」
「いや、そういうコンセプトの店だから……」
 すると、真っ赤で俯いていたエリスの顔が上がる。
「そ、そうなんだ。じゃ、は、はやく案内して!」
「承知致しました。お嬢様」
「うん。頼むよ」
 …………。俺は溜息を吐く時間とイエが笑顔を浮かべる時間を置いて、
「イエ! てめー!」
 怒鳴った。俺はただただ目の前にいるイエに対して怒号を飛ばす。
「はは、すっごい繁盛してるね。想像とはちょっと違うけど」
「うっせ。お前も手伝え! ほら、行くぞ! 来い!」
「え?! ちょっと待って! 私はお嬢様として……! ねぇ、何すんの! 変態!」
 抵抗するイエの手をずるずると引っ張って奥に連れて行く。
コイツにはメイド服を着てもらおう。
厨房は人が居るし、フロアはどれだけ人が居ても足りない状況だし。
うん、繁盛のためだし協力してもらわないと。
「ち、ちょっとリル! あたしを! ほったらかしにしないでよ!」
「……あ、うん。メイドさん対応お願ーい」
 メイドさんが、とてとてとエリスの元に駆ける。
エリスは駆け寄ったメイドさんの元で地団駄を踏んでいた。
……よく分からないが、触れない方が良そうだ。
「ちょっと、リルクぅぅうう! こっち来なさいよ!」
 少女の悲痛な叫びは店内に響いた。

「お疲れさまでしたー!」
 メイド姿……ではない女の子たちが店内から暗くなった街へと消える。
労いの言葉をかけ、俺は見送った。
「ほら、お前たちも帰るぞ」
 メイド姿のイエとエリスに声をかける。
 イエは机に突っ伏していて、未だに恥ずかしいのか頬を上気させていて、どこか虚ろな目をしていた。エリスは自身の手を枕に健やかに寝ていてる。
 あれから、イエとエリスにも軽く店を手伝ってもらったのだ。
それのおかげもあり、本日のベルベルドリーミンの売り上げは旧店舗の何十倍らしい。
その一割でいいから、別けてほしいものだ。
「うぅ……もうお嫁に行けそうにないぞ……」
「大丈夫だから。似合ってたぞ、バッチしと」
 イエは軽く睨むと、ハァーと脱力したかのように溜息をする。
「キミのそういうところはあまり関心しないな。……そう言われて少し嬉しく思う自分も大差ないが……」
「何言ってんだ?」
「な、なんでもない!」
 立ち上がり、イエは歩き出した。
「どこに行くんだ?」
「着替えるんだよ!」
「そのままで帰ればいいじゃん」
 冗談で俺がそう言うと、
「う、うっさい!」
 イエは怒ったのか、顔を紅くし、更衣室の扉を強く締めた。
扉壊れるって……。何をそんなに怒るのかな……と頭を働かせていると、
「……ん、リル……?」
「あぁ。おはよう」
 まだ眠たいのか、目を擦っているエリスに俺はあいさつをした。
エリスも欠伸をしながら「おはよう……?」と返す。
「そっか。私寝ちゃってたんだね」
「あぁ。なんか、悪いな。付き合わせちゃって」
「ううん、いいの。私も楽しかったから」
 働いていた時のエリスを思い出す。
少し失敗をしつつも、それすらもお客さんから良い所と称されるくらい愛想がよく、可愛いと言われた俺の自慢のエリス。
三年前から何も変わっていないと思っていたのに、俺が気づかないだけで大人になったんだなと実感した。それは少しだけ嬉しくもあり、悲しくもある不思議な感触。
「帰るか?」
 エリスのふわふわっとした髪を優しく撫で上げ言う。
「うん」
 少しくすぐったいのか、エリスもむずむずさせて首を縦に振った。

「でも、いいの?」
 ベルベルドリーミンを出てすぐ、エリスは尋ねた。
それに面倒くさくなるが、言葉を返す。
「いいんだよ。俺があの店でずっと働くなんて、想像つかねぇし」
 街はもう完全に暗くなっていて、明かりは所々に立ててあるランプから弱弱しく灯っている火が頼りだ。
エリスもどこか暗くなっているのか、怯えているのかさっきから俺にひっついている。
周りに人なんかは誰もいなく、たまに居てもそれは自警団の人間であって、俺の知る顔ではなかった。
「でも、お給料多分多く出してくれると思うよ?」
 ベルベルドリーミンはあの調子で行けば、必ずどの街にもあるような店になるだろう。
それぐらい今日の売り上げはよかった。そして、おそらく明日も今日程ではないにしろ、きっと売れるだろう。その次も……その次だって。そうして、あの店は繁盛して行くんだ。
でも、不思議な事に俺が考えて店主に提案して、今日実際に働いて分かったけど、どうしても俺があそこで働いてるって考えつかないんだ。
だからじゃないけど、店主の「働いてほしい」という頼みも断った。
それに俺は便利屋っていうのをどこか気に入ってるぽい。
それが何なのかは、まだ分からないけど。
「いいんだよ。俺は便利屋の生活も好きだからよ」
 隣合わせで歩いていたエリスに一つの袋を手渡す。
「これ。先月分の」
 中に入っているのは、今日働いた報酬の金額。ベルベルドリーミンの売り上げ的に言うなら、全然ないが、それでも俺が今日一日働いた証である。
「……うん。ありがとう」
 ポツリと呟き、薄い袋を両手で大事そうに抱くように持つエリス。

 その時、微かにだが女の悲鳴が聞こえる。
 悲鳴は静かな夜の時でさえ、響かない微かなものだったが、俺の耳にはハッキリと聞こえた。
「エリス、お前は帰ってろ。なるべく急いでな」
 急に真剣になった俺を見て、エリスは少しを驚きの表情を見せた。
「リルはどっか行くの?」
 そう見上げたエリスの表情は強張っていた。
「あぁ。野暮用ができた」
「……じゃ、分かった。気を付けてね」
 こういう物分かりがいいところは本当に将来いい女になると思う。
 俺の考えに気付かないまま、エリスは駆けるように家路を歩いて行った。
 心細いランタンの火がエリスの背中を灯さなくなった頃、近くの家にある狭い路地裏へと出る。
 まず目に入ったのは、一人の屈強そうなデブ男と病的に痩せ細ったガリ男。
 二人で足して、割ったら丁度俺くらいの体躯になるんじゃないだろうか?
「やめとけよ。お前ら」
 後ろから話しかけられてビクッとしたのか、二人はそろそろっと振り返る。
「ぁあん?」
 デブが一言。
「兄貴どうしゃっせ?」
 ガリも一言。
「あー、何言ってるか分からねぇけど、はよ帰った方がいいと思うぞ?」
 後頭部をガシガシとひっかくように掻く。
 それを隙だと勘違いしたのか、デブとガリは突貫してきた。
 微妙に前のめりになっていたデブの襟元を掴むと、突貫してきたエネルギーを利用して背負う形で投げ込む。
 それに面食らったガリは攻撃に移ることも、防御に移ることもしていなかったしで、ただ腹に軽く拳を打ち込んだ。
 これをするのに数秒しかからず、二人は今、軽い呻き声を出して地に突っ伏している。
「怪我するから――って遅いか」
「あ、あの……」
「ん? あぁ。おたく大丈夫?」
 暗い路地裏のせいでもあるが、それ以前に彼女はフードを目深に被っているので顔がよく見えない。
「あ、ありがとうございました」
「食後の準備体操みたいなモンだし気にすんな」
「い、いえ! せめて、お礼を……!」
 微妙に月明りが出てきて、フードに色がつく。
 そして、彼女は、か細い指でフードを下していくと、長旅をしているのか少し汚れているが、それでも綺麗な金色の髪と、端正に作り込まれた顔が見えた。
 瞳は綺麗な緑、いわゆる翠眼であり、見ている者を強く引き込ませる気がする。
 他の部分的パーツも瞳の主張には負けるが、かなりレベルが高く全体的に見て可愛い。
 歳はエリスより少し上くらいだろうか。しかし、それでも全然イケる。……何がっていうのは置いといてな。
「本当にお礼とかいいから」
 手をひらひらと振って、やんわりと断る。
 頭上で天使の俺が「イケメン! 好感度急上昇中だよ!」と囁く中、悪魔の俺が「アダルティなこと頼もうぜ、楽しもうぜぇ」と囁く。
 すると、どうしたのだろうか。囁き合っていた天使と悪魔が頭上で喧嘩をし始めたのだ。無論、あくまで俺の空想に過ぎないから彼女には見えていない。
 そんな思いに馳せていると、
「あ……の、大丈夫ですか……?」
 すぐさま空想上の天使と悪魔を追い出す。
「大丈夫。もう祓ったから」
「はらった……?」
「あ、いや。気にしないでくれ」
「そう……ですか」
 近くに倒れていたデブから「んぅ」という呻き声が上がる。
 彼女はビクッと怯え、後ずさった。
「とりあえず、ここに居ても……アレだし。表の方行こうぜ」
「は、はい」
 倒れている二人の体を上手に避けながら彼女は移動し、俺は彼女の手を優しく握った。
 常時流れている脈にドキドキしつつも、彼女に気持ち悪く思われないよう顔を手で軽く隠す。
「何してるんですか?」
「いや、何も?」
 表通りに着くと握っていた手を離す。
「そういえば、名前とか聞いてなかったよな。俺リルク。そっちは?」
 彼女はペコペコとお礼をし、名乗る。
「申し遅れました。私はリーリ……」
 そこまで口にしたところで、言うのをやめてしまった。そして、一瞬の間の後、何事もなかったかのように再度言い直す。
 その様子は古びた壊れかけのオルゴールに類似していた。
「リーリス・アッシュバーンです」
「リーリスな。よろしく。……それで、リーリスは宿とかとってあるのか? 何なら送るけど」
 何かマズいことを言ったのか、彼女から血の気がささぁーと引いていくのが分かる。
 また、なんか地雷踏んだか?
「……な……です」
「ん?」
「ないんです」
 何が無いのか、分からないから再度尋ねると、
「宿とってないんです……うぅ」
「……んんぅ?!」
 それって宿無しでこの街に来たってことだよな。
 宿無しはさすがにまずい。いい歳……じゃなくて、食べ頃の……じゃなくて、女の子が野宿は衛生的に、街の風紀的にもまずいと思う。
「どうするつもりなんだ……?」
「い、今から宿を……とってきて……!」
「金はあるのか?」
 彼女からは気品みたいなモノを感じるが、どうしても今の彼女が金を持っているとは思えなかった。
「……ないです」
「この街にはどうやって来た?」
「えっと、夜行便を使って今さっき来たところです」
 この街には夜行便という夜に、この街に着いたり、この街から別の街へと行く定期馬車みたいなモノがある。
 街から街へと移動する際、旅人が重宝する移動手段だ。
 自前の場所でただ行くよりは馬代が、かからない代金は安いし、乗るのは馬だから基本的に楽だし。
 しかし、移動している際の飲食はもちろん自前だし、他の乗客も居るから落ち着きはしない。
 メリット、デメリットがハッキりしている立派な交通手段だ。
「それで、テキトーに歩いてたらさっきの奴らに絡まれたと……」
「い、いえ! 私が歩いてたらぶつかってしまったので、あの方たちはそんなに悪くないと言いますか……その」
「いや、悪いだろ。ぶつかったくらいでネチネチ言うなんて男としてありえん」
 腕を組んで、言うとリーリスはおかしそうにクスっと笑う。
「私のために怒ってくれるんですね」
 笑顔で彼女は嬉しそうに言った。……なぜだか、俺も照れてしまい、頬を熱く感じる。
「それで、これからどうすんだ?」
 お金なし、宿無し、運無しの三枚が揃っている。ポーカーなら最凶の手札だろう。
「えっと、先ほども助けて頂きましたし言い難いんですけど……そのおか――」
「金ならないぞ」
「まだ言い切って――」
「金はない」
「はぅうう……」
 しゅん、と彼女の背中が小さくなったのが隣り合わせで分かった。
 でも、仕方ない。無いものは無いんだから。小さい借金取りに渡したからな。
 ま、持ってても渡したかは不明だが。
 貸されるのは好きだが、貸すのは嫌いなんだ。
 しかし、可愛い女の子をここで、「さようなら」と見捨てるのもできない。
 というか、したら俺が明日の朝エリスを見て「なんで、別れたんだろう」とかボヤきそう。
 それくらいなら、何とか自分の手元に置いときたいのが男の性だ。
「それなら俺の家に来るか?」

「んん……あったま痛ぇ」
 変な頭痛で俺は目が覚めた。
 ズキズキと痛む頭に指を当てマッサージをする。勿論効果はない。
 便利屋だが、未だにマッサージの仕事を請け負ったことがないからだ。
 辛くなりながらも、体を起こして、ベッド脇テーブルに置いてある水を飲もうとしたところ――

「ふにゅん?」

 そんな擬音がピッタリなものが手にくっ付いている。
 いや、正確には触れている?
 とにかく、それはずっと触っていたいような幸せな感触でどこまでも押し込めるような柔らかさだった。
「ん……」
 艶めかしい声が隣から聞こえてくる。
 エリスか? と一瞬考えたが、あのお子様がこんなエロい声を出せるわけがないから候補から外す。
 眠たい目で考えていると、声を発した人物が起きたのか、体を起こした。
「あ、おはようございます……リルクさん」
「あぁ。おはよう――って、えぇえええええええええ?!?!!!?!」
 男じゃない。女の子だ。それも美少女。とてつもない美少女。
 どういうことだ?
 俺いつの間にお持ち帰りしていたんだ?
 落ち着け、俺。クールになるんだ。
「どうかしました? リルクさん」
「んぐっ!」
 彼女が四つん這いで俺へと迫ってくる。俺は避けるように壁へ、壁へと後ずさった。
 前進する度に華奢な体にしては育っているたわわな果実が揺れているのがよく分かる。正直眼福だ。
「リルクさん?」
 胸の谷間で光る緑色の石が目に入った。
「えっと……なんか、頭痛がしてよく分からないんだが」
「頭痛……? もしかして、昨日のアレのせい?」
「アレ?」
「アレ」
 指を指された方へと顔を向けると一つのビンが転がっていた。
 それをベッドからすくい上げるように疲労と、
「酒じゃん」
 中に入っている液体がじゃぽんと揺れた。
 そして、紐解くように俺は思い出す。昨日の……咲夜のことを。
 リーリスだよな」
「はい! そうです!」
 まさに拾い猫ならず拾い人だ。俺はとんでもないものを拾ってしまった。
 その時、俺の直感が「やばい」と告げた。
その次の、俺の行動はとてつもなく速い。
ベッドの中にリーリスを隠す。
「え? え?」
 困惑したリーリスにそっと耳打ちする。
「今、リーリスが居るのバレるとヤバそうだから息を殺してくれ」
 困惑しつつも、リーリスは、こくこくと頷いた。
ベッドに隠し終えた俺は、ベッド近くに座りこみ、床に放置されていた昨日の新聞を読む振りを始める。
その全ての準備が終わった丁度、家のドアが叩かれた。
「リルー。居るー?」
 間延びした声はエリス。どうやら俺の様子を見に来たらしい。
今は、その親切心がどこか邪魔くさく感じてしまう。
「今、行くから。待ってろ」
 どたどた、と急ぎ目に玄関に行き、鍵を開けると、エリスはドアの隙間からひょこと覗かせた。
ドキっとしつつも、俺は冷静に対応する。
「どうした?」
 エリスは唇に指を置くと「んー」と悩ませた。
「誰か居た気がするんだよねぇ」
 鋭い。なぜ、分かったのだろうか。すごく不思議である。
「い、いねぇよ」
「嘘」
「なんでだよ」
「なんとなくだもーん」
 こういう時、女は鋭い。……エリスも立派な女になったんだぁと感動する。
というか、ただ単に俺が信用されていないだけじゃないか? そう思うと、途端に悲しくなる。エリスは俺を無視して、俺が手に広げていた新聞紙を拾い上げた。
「これ昨日のだよね」
「復習的な?」
「何それ。おっかしい」
 エリスは少し笑うと、なぜかもう一つの手にも新聞紙を持っていた。
「はい。これ。新聞配達の人来てたから、家の分ついでにもらっといてあげたよ」
 今日の新聞をテーブルに置く。
「わ、悪いな」
「別にこれくらいいいよ。……それより、昨日は何かあったの?」
「昨日?」
「ほら。なんか、野暮用が……って言ってたじゃない?」
 エリスはしきりに両手の指を交差させる。
「あぁ……」
 あの後、チンピラに絡まれて、大変そうだった美少女を助けて、しかも、その美少女と一夜を共に過ごしたよ。あのベッドで!
……なんて、言えないしなぁ……。
「特に何もなかったと思うぜ、うん。ホントホント。俺嘘つかなーい」
 ジトっとした目線を浴びせられる。
「そんなこと言ってまたエッチな店行ったんじゃないの?」
「ばばばば、行ってねぇよ! 一回も行ったことねぇし!」
 そこは人として、男としてデリケードな部分なんだ。放っといてくれ。
「リルってよく分かんないよね。……そういうこと好きなのに、隠すの」
「は、はぁ?」
「え、だって、言ってたよ。果実家のゾディックさんが」
 果実家のゾディックさん……よく店の手伝いをする――手伝わされるとこだ。
あのくそじじぃ。またテキトーなことを。
「ボケてんだよ! あそこのじじぃは!」
 声を大きく出したせいか、頬が熱い。パタパタと手を振ってしまう。
「ふーん。そっ。別にいいけど、家に変なの入れないでよ」
「変なのってなんだよ」
「………………………………女の人とか…………」
「は?」
 いや、聞こえたけど。全然聞こえたけど。
反応に困っただけだ。誤魔化しでは断じてない。
「もう、いい! 帰――」
「あ」
 その時だった。まさにある意味丁度よかった。
いや、全然良くないんだけど。……せめて後十秒、待って欲しかったな。
「ごめんなさい! リルクさん! もう息止められません! 窒息死します!」
 俺とエリスのすぐ後ろ――ベッドから勢いよく立ち上がった彼女に対して、俺は冷や汗をかきつつも「あはは、別にいいって」と呟く中、エリスさんの顔は真っ赤で、手で拳を作っていた。
 そして、拳はゆっくりと胸元から俺の頬へと引き絞られ、俺は一瞬、意識を失いつつも、
「どうすればよかったんだよ」
 ボヤいた。呟いた。リーリスの居たベッドに倒れながら。

「ふーん。つまり……リルがリーリスさんを助けたってことなんだね?」
「お、おう! そうだぜ!」
 テーブル脇に座っているエリスに俺は身振り手振りで説明して、やっとのこと理解してもらえた。しかし、どこかエリスは面白くない顔をしている。
リーリスもリーリスで、目の前にいる女が怖いと思っているのか妙に縮小してしまっている。エリスから話を振られても、常に涙目だし、俺の腕に引っ付いてくるし、しかも、そのせいで胸当たるし、若干アダルティな気持ちになるし、役得だ。
「リーリスさん。私はエリス! よろしくね!」
 エリスが俺にも見せない笑顔をリーリスに傾け、手を差し伸べる。
リーリスもそれに応えようと、徐々に手を伸ばす。
その顔はどこか不安がっているが、期待もしているようだ。
「よし! これで私たち友達だよ」
 ぎゅっと、手を結び合った繋ぎ目をリーリスは凝視している。
「……エリスは色んな人と仲良くなりたいっていつも言ってるから、俺からも頼む」:
 そっと耳打ちする。
エリスはあまり一人でどこか行ったり、何かすることを好まない。
その理由は孤独感を感じるから、だそうだ。
この世界にたくさんの人が居て、たくさんの繋がりがあるのに、自分には何もない。
誰とも繋がっていないのがひどく寂しいそうだ。
だから、エリスは会った日ばかりのリーリスと友達となろうとした。
何もそれは孤独感を埋めるだけじゃない。純粋にエリスと話をしてみたかったというのも、あるんだろう。
「うん。よろしくね。エリスちゃん」
 なぜかリーリスの目元が光っていたが、リーリス自身で拭ってしまったので、それが涙だったかはもう分からない。
「なんか、リーリスさんって大人ぽい?」
 エリスの目線がリーリスの胸元に落ちる。
分かる、分かるぞ。エリスよ。正直、リーリスは胸が大きい。とても大きい。
双丘と呼ぶには大きすぎる。双山と言っていいだろう。
「そ、そんなことないですよ」
 俺とエリスの視線に気が付いたのか、腕で体を抱くようにしてその大きいお山さんを隠す。しかし、残念なことかな。まるで隠せてない。むしろ、強調されている。
「それで、リーリスはまたどうしてこの街に?」
 そう言えば聞いてなかったな。その理由。
でも、宿をとっていなかったり、テキトーに夜中歩いていたりしているところを見ると、どうも事前に計画的にこの街に来ようと思っている感じでは無さそうだ。
そして、昨夜一緒に歩いていた時に、周りをキョロキョロしていた辺り、多分、この街に慣れていない。つまり、初めて来た可能性が高い。
うーん、と唸っていると、
「私は……その……えっと」
 言い難そうに足の上に置いていた手をイジっている。
俺達――俺とエリスはリーリスの言葉を待っていた。
そして、観念したのかリーリスは言葉を紡いでいく。
「家出……家出をしてきてしまって……」
 少女の闇に一瞬触れたような気がした。
「ちょっと、事情がありまして……」
 さすがにその事情を「ね! 事情って何? 事情って何?!」と聞くほど、俺はデリカシーがないわけじゃない。
 でも、「そっか。大変だな」と言ってやれるほど、俺は気が利く訳でもない。
だから、自然と口を堅く結んでしまった。
「……あ、でも、そこまで大変ってことじゃないですよ? だから、そんなに気にしないでください」
 笑顔でそう告げたリーリスの表情はどこか曇りがあるように見えた。
それでも、彼女は懸命に笑っている。痛々しいくらいに明るいくらいに笑っていた。
「あ、でも、家出って言ったてリルクのとこ居ちゃダメだよ!」
 エリスは空気をぶった斬るようにそう言った。
「だって、リルクお酒ばっか飲むし、それにエッチだし! リーリスさん可愛いし、絶対危ないよ」
 心当たりがあるのかリーリスは笑いながら聞いていた。
「でも、私、その……お金なく……」
「そうだ! リーリスはお金が無くて、仕方なくて家に泊まってんだ! 仕方なく! 俺は善意でやっている故にそこに問題なんて、あるわけがない! そう、ないんだ!」
 力説している俺を見て、それぞれ二人は呆れ、苦笑していた。
もちろん、呆れているのはエリスで苦笑してるのはリーリスだった。
「この通り危ない人だから、ダメだよ。近づいちゃ」
「ですが、私……お金ないですし」
 なんか、この話の流れ的に俺がやばい奴認定されてないか?
 目線をひょこひょこと移動させ、リーリスは言うが、それに対しエリスは当たり前のように言う。
「私の家に泊まればよくない?」
「え……?」
 口を抑えて驚いたのはリーリス。
エリスを知っている俺はどうせそんな風になるだろうなとは予想していた。
けど、リーリスと同じ屋根の下で暮らせなくなるのは正直残念だなと思う。
「いいのですか?」
「いいに決まってるよ。だって友達でしょ?」
 あっけらかんと言うエリス。
「え、でも」
「でも、じゃないでしょ」
 抗議したリーリスの言葉を一蹴する。
「泊めてあげるのは、リーリスのためもあるけど……何というか、私のため……ていうか……」
 エリスは顔を真っ赤に染め、下を向き始めた。
 急にしおらしくなってどうした?
「だ、だから! これは私のためでもあるの! だから、いい?!」
 いい? という聞き方で選択肢を与えてる側なのに、エリスの問い方は選択肢なんて無いように思えた。
「うん」
 でも、不思議とリーリスの顔は嬉しそうだった。

 そういう事があり、リーリスは俺のアパート隣にあるエリスの家に泊まることになった。
しかし、彼女あろうことか荷物をほとんど持っていなかったのだ。
でも、家出だし仕方ないか。準備して家出ってどんだけ計画的なんだよ。
こういう若い時の家出って大概突発的行動だし。そう考えると、リーリスも大人っぽく見えるが、まだまだ子供なんだな。
「それにしても何でこうなってんのかね」
 街の大通りを俺達三人は歩いていた。
通りでは、商人が旅人を捕まえては「これどうよ?」と商売しているし、また、それ意外にもエロいお姉さんがお兄さんを捕まえては「寄っていてよ」と口説いていた。
うん、この街は今日も平和だ。
「何よ。どうせ暇でしょ?」
 あれからリーリスと共に家に帰ったエリスが睨みを効かせる。
恰好は白地のワンピースに小ぶりのポーチを肩にかけていた。年相応の女の子らしい恰好である。
「暇人決定は俺、悲しすぎんだろ」
 項垂れてしまう俺を、
「あはは……」
 少し引き気味に笑うのはリーリス。
エリス同様着替えており、その恰好はどこから持ってきたのか、落ち着いた彼女らしいゆったりとした恰好だ。ロングスカートから見える足首が妙に艶めかしいのは、なぜだろう。
「それでどこへ行くんだ? 俺はムロじぃのとこに用があんだけど」
「んー。そうね。そこに先行こうか。どうせ商売道具の受け取りでしょ?」
「お、よく分かったな」
 通りから少し外れた場所にその店は構えてある。
通りが光なら、その店がある裏通りは闇だ。
人の声も大してなく、怪しげな商人が客とヒソヒソ話しているのを横目に歩く。
どんな街にだって裏の顔というのは存在する。光と闇のように。
「……」
 無言でリーリスが俺の腕に引っ付く。
 それが少し可愛らしく思えてしまって、頭を優しく撫でる。
「ちょっと裏で変なことしないでよね」
 面白くないのか、エリスは口を尖らせた。
「別に変なことなんてしてねぇよ」
「ふーん。どーだか」
 腕を組んで、そっぽを向くエリス。
 無言のまま、しばらく歩くと金属と金属がぶつかるような音が聞こえてきた。
その音は一定の間隔で鳴っているのか、意外にも心地いいメロディと化している。
「あ、着いた」
 とてとて、と駆け出していたエリスが店の看板前で立ち止まる。
「ロム工房?」
 店の名前を読み上げるようにリーリスは声をあげた。
「そ。ここが俺の用事場所でありムロ工房」
 金属音が鳴る店内へ入り、声を張り上げる。
「じじぃー。ちょっと取りに来たんだけどー」
 それでも鳴り止まないメロディ。
「こんのくっそじじぃ……」
 ポツリと呟くと、音が止んだ。先ほどまでうるさいくらいに鳴っていたからか、耳が高低差でキーンとなった。
「なんじゃ?! ワシを誰だと思ってるのじゃ!?」
 唾を吐き出しながら出てきた男は小柄で、ハゲ散らかしていた。
しかし、腕は太く、ずっと工房のため今、右手に持っているハンマーを振ってきたのがよく分かる。
「いい加減悪口以外で気づけよな」
 若干呆れた声音を乗せ、そういうと、
「ふん。知るかいっ! ワシャ、ハンマー打つことしか知らんのじゃ!」
「あぁ。そうかい」
 軽く肩を揺らすと、視界に困っているリーリスと呆れているエリスが目に入った。
「リーリスさん、ごめんね? このおじいさんはリルがお世話になっているムロおじいさんって言うの」
「お世話に……ですか?」
 きょとん、とした様子で俺とムロじぃを見比べる。
そもそも、リーリスは俺がどんな職業についているのか、知っているのか。
まさかただのニートと思われてないだろうな?
だとしたら、結構ショックだぞ。いや、かなりショックだ。
ショックすぎて働けなくなりそう。……そうなると、本格的にニートだな。
「おおう。そこの嬢ちゃんは初めてだな」
 年甲斐もなく、ときめいてやがるな、このじじぃ。
「は、はい。リーリスと申します」
「がっはは。礼儀良い子は好きじゃよ。……そこのクソ坊主は礼儀最悪で嫌いじゃ」
「俺かよ」
 豪快に笑うムロじぃに尋ねる。
「それで、もうできたんか?」
「誰に聞いとるんじゃ。ほら」
 投げられたように渡されたのは一振りの短剣。
鞘から少し刃を抜くと、刃の部分が銀色に怪しく光る。
「悪いな」
 短剣を腰裏に差す。
「それが商売道具ですか……?」
 怯えた声でリーリスが問う。
刃物をあまり見る機会がなかったのか、怯えた様子だった。
「俺は便利屋をやってるんだ。……それでたまーに危険っぽいこともするから、自衛で短剣を持つようにしてんの」
「便利屋……ですか」
 それからリーリスは何かを考え込むかのように黙りこくってしまった。
やはりニートと思われてしまったのだろうか。それはショックだ。
「用も済んだし、このスラム街みてーなとこはやく出ようぜ」
「ふん。さっさと行かんか!」
 ハンマーを振り上げるムロじじぃを背中をして、俺達三人は工房を後にした。
俺の用事は無事終わった。
しかし、後ろ二人はまだ何かあるようで、ひそひそと話している。
「それで、どこ行くんだ?」
 二人に尋ねると、もう話は済んだのかエリスが答えた。
「そーか。じゃ、行くか」
「リルはもういいよ」
「は?」
 俺のアホな声がスラム街の……裏通りにこだました。

 ここ――○○王国の尋問室に一人の騎士が居た。
彼の名はアッシュ・バレンフォレスト。○○王国、羽の剣騎士団の師団長である。
まだ二十と少しばかりの年齢で師団長に昇り詰めた彼は、城の誰もが天才と認める程の騎士であった。
そんな彼は今、数日前に○○王国の第一王女リーリアが夜襲を受けた件について尋問を受けている。
「……貴殿の話によると、賊と対峙している隙に姫様はどこかへ行ってしまわれたと?」
「はい」
 ○○王国は君主制であり、政治やら何やら全てに王の許可、判断が必要だ。
しかし、不幸ながらここ○○王国は先日、王であるバルニアン王が倒れ死去したことから、今現状、政治などの取り締まりを行っているのは目の前に居る大臣である。
「賊を逃がしたというが?」
 そして、アッシュは知っていた。その賊の目的も誰の差し金なのかも。
「申し訳ございません。相手も一枚岩ではなかったようで。処罰はお好きに」
 だからこそ、アッシュは姫様を遠くに【逃がした】のだ。
「それに関して構わん」
「はっ。ありがたき幸せ」
 口ではそう言うが、アッシュの心は荒れていた。
心では「お前が姫様を殺そうしたんだろ」という憎悪に限りなく近い感情が渦を巻いて
彼の頭にこびりついていた。
それでも、彼がこの場で剣を抜かない理由は、騎士としての矜持だけだった。
「問題は姫様がどうしてるか……だ。お一人でどこへ行かれたというのだ。……そして、もし賊にでも襲われたらと考えると震えが止まらん」
 よく言うよ。お前にとって姫様は邪魔でしかなかったはずだ。
だから、殺そうと賊を送ったんじゃないか。
「故に、貴殿には姫様の捜索を頼みたい」
 大臣に震えなどなく、どこか焦った様子でアッシュに命を与えた。
 それにアッシュは何も申さず、ただ従う。騎士として。 
「分かりました。それでは近々○○へと行きます」
「ほお。そこに姫様が居ると?」
「ここから一番近い街がそこなので、遠くへ行くのにも、そこを経由しなくてはイケません。ですから、そこに居る確率は高いと思われます。……賊に攫われていても、居なくても」
 なるほど、と大臣は自身の髭を撫で、それを聞いた。
「ですから、私は部下数名と共に○○へ姫様を探し致します」

「飼い犬に手噛まれたら、どう思う?」
 きっと犬やそれに近しい生物を飼っている人にとったら誰もが経験あるだろう。
そんな質問を俺は酒場のカウンターに座りながら、投げていた。
「自分にはちっと難しいっす」
 投げやりな答えを返したのはこの店――男の流儀という酒場の美少女店員のクリスだ。
 耳が出るような短い髪の毛。そして、見た者を忘れさせない綺麗な白い髪に白い肌。
端正に作り込まれた人形のようだ。
しかし、中身はそれとは違って、人間味あふれる後輩キャラ。
 確か年上のはずなんだけどね。
「難しいって……思想の問題なんだけど……なんなら、子供でも堪えられるんだけど」
「いやー、でもっすね? 先輩。自分そういうのよく分かんないっすよね」
「俺はお前がよく分からないよ」
 水の入ったグラスを傾け、一杯で飲み干す。
「自分もよく分からないっす~」
 にへら~と笑う彼女を俺は冷やかな目で返す。
「そんなエロい目で見ないで下さいよ。先輩」
「お前はどっちかっていうと、友達タイプだから、そういう風には一切見れないわ」
「わー。なんで、自分振られてんすかね?」
「振られた癖にひょうひょうとしてんな」
 クリスは笑みを絶やしていなかった。何が面白いのか。
「自分に涙は似合わないっすからねー。ところで、先輩、昼間からこんなとこで何してんすか?」
「色々ツッコみたいんだけど……」
 自分の働いてる店を「こんなとこ」って言っちゃうところとか。
「だから、さっきも言ったけど飼い犬に噛まれた……的な」
「ちょっと何言ってるか、自分分からないっす」
「エリスに置いてかれた」
 どっと笑いが起きた。
「いや、笑うなよ」
「だって先輩いっつもエリスちゃんの邪魔者みたいに言ってるのに、今日どうしたんすか」
「いや、分かるよ? お前の言いたい事も思ってる事も。いや、でも、他人にとられるのって、なんか、嫌じゃん?」
「なんか、気持ち悪いっすね」
 クリスは俺のグラスが空なのにやっと気が付いたのか、水を入れてくれる。
「なんか、食べます?」
「驕りなら」
「はは、ご冗談を」
 手振りで俺の発言を否定した。……冗談ではないんだけどなぁ。
「まぁ、簡単な物だったら作ってあげてもいいすよ」
「おぉ。そいつはありがたい」
「じゃ、ちょっと待ってて下さいっす。……ぱぱっと作っちゃいますから」
 ぱたぱた、と奥へクリスが行く。駆けると共に短いスカートが揺れて扇情的だ。
「今頃何してんのかねー」
 リーリスとエリスと別れてしばらく経った。
彼女たちは今頃、装飾店にでも行って女の子らしく買い物をしているのだろうか。
それとも、こことは違いお洒落な店で食事でもしてるのだろうか。
「ちょっとよろしいですか」
 そう言って俺の隣に座ってくるのは甲冑を来た騎士。
ガチャガチャと籠手を鳴らすと、手から外し、テーブルに置く。
「騎士様に質問されるような事はしてないし、した憶えもないが」
 相手は一瞬、嫌な顔をしたが、そこは騎士だ。あくまで紳士的に質問をするらしい。
「いえ、少しお聞きしたいことがあるのです」
 返事すらせずにいると、奥からクリスが出てきた。
お盆を持っていて、そのお盆の上には料理が置かれている。
そして、それを俺の前に置くと、
「おろ? リルクさんの知り合いっすか?」
「知らねぇから違う」
「おやおや。どちら様ですか?」
 クリスが隣の騎士に問うと、騎士はクリスを見ながら、
「私は○○王国、羽の剣騎士団の師団長をしているアッシュと言います」
「ほぉー。師団長すかー。なんか、凄そうっすねー。あ、なんか飲みます?」
 クリスはちゃっかりアッシュという男にメニューを渡すと、
「では、私と彼に葡萄酒を」
「おいおい。いいのかよ。騎士様がこんな昼間から飲んでよ」
「これも聞き込みのためだ。致し方ないだろ?」
 俺とアッシュはクリスから葡萄酒が並々と入ったグラスを受け取る。
「ふん。そうかい」
 チン、と軽い音が店内に響いた。
「それで、俺に何を聞きたい?」
 アッシュは「ふぅ」と息をつくと、
「今、新聞などでも取り上げられている件を知っていますか?」
「姫様が誘拐された……ってやつか?」
「そうです」
 葡萄酒の水面に映った自分の顔を眺めていた。
「それなんです。姫様のことについて何か知らない……かと」
「すまんが、聞く人を間違えたな」
「外見的特徴なんですが、綺麗な金髪をしていて、同世代の方より大人っぽいです。そして、極め付けが――」
 捲し立てるようにアッシュは俺に告げる。
「だから分からないって「綺麗な緑の宝石を所持しています」」
 アッシュは自分の勢いが凄かったのを自覚したのか、申し訳なさそうに頬を掻く。
「分かりませんよね。すいません」
「……」
 どこか、今の発言に引っかかった。どこかで、それを見たような感覚に陥る。
「では、失礼しました」
 ぐびっと葡萄酒を飲み干したアッシュは籠手を自身の手に再度、嵌め直す。
「あぁ」
 短く返す。
そして、店内にアッシュと入れ違いにエリスとリーリスが入ってきた。
 クリスが「エリスちゃん! いらっしゃいっす」と声をかける。
 しかし、俺は声をかけられずにいた。
それは一人だけ今朝の恰好から変わったリーリスが居たからでも、そのリーリスがめちゃくちゃ可愛いわけでもない。
俺が言葉を失った理由は、チラリと見えたリーリスの胸元にある光る緑色の石のせいだ。
「……あぁ。エリス」
「ちょっと何、その反応。リーリスさんに何か言いなさいよ」
 実際リーリスの恰好は落ち着いたゆったりとした恰好から、女の子らしいフリフリした格好に変わっていて、可愛くなっていた。
「……可愛いな」
 葡萄酒をチビっと飲んだ。
正直、俺は……どうすればいいのか分からないでいた。

 

「そろそろ先輩帰ってくれないすか?」
 気が付いたら、昼から夜になった。
いつも通りの日常だ。夜が終われば朝が来るし、朝が終われば夜が来る。
変わりない世界の常。
 それが今はどうしても憂鬱だった。
「なぁ。後輩よ」
 エリスとリーリスはおろか、店には誰もいなかった。
「なんすか?」
「知りたくない事を知ってしまったらどうする?」
「無視すりゃいいんじゃないすか?」
 後輩は意外と冷たかった。
「もう知っちまったんだ。知らなかったじゃ、済ませられないだろ」
「なら、決まってるじゃないすか」
 不敵な笑みとウィンクを決めて、美少女は言う。
「ガッツリ関わるんすよ」

 その日の深夜だった。彼女が尋ねてきたのは、
「お話しがあります」
 それは意外だった。迷っている俺の事を見透かしてきたような来訪だったから。
「あぁ」
 部屋に招き入れると、彼女は行儀よく床に座った。
「エリスは?」
「ちょっとリルクさんにお話しがあると……断ってきました」
「そうか」
 俺は酒を注ぎ、一思いにグビっと飲む。
「……リルクさんにお願いがあります」
「なんだ?」
 彼女は、すーはーと呼吸を繰り返した。その顔は真剣そのものだ。
「私の護衛をお願いできませんか」
「……その前に一つだけ確認したい」
「はい。何なりと」
 俺も彼女に見習って、すーはーと呼吸を繰り返した。
「おたくは、○○王国第一王女リーリア・ヴァインか?」
「……気づいていらっしゃたんですね」
 首を縦に大きく振った。
「そうです。私が○○王国第一王女リーリア・ヴァインです」
「色々聞きたい事はある。……でも」
 何から聞けばいいのか、俺が悩んでいると、
「私は……先日、お城で夜中に襲撃され、従属してくれている騎士に助けられ、この街に来ました」
 イエの言葉を思い出した。というか、まんますぎる。
「この街に来た理由は分かった。それで、護衛ってどういう事だ? 城までってことか?」
「半分正解です」
 彼女は拳をぎゅっと握り、答えた。
「半分?」
「はい。……正確には決まった日時に私をお城まで送って欲しいのです」
「それはどういうことだ?」
 リーリス……リーリアが何を抱え込み、悩み、話しているのか分からない。
俺に何を求め、何を成したいのかも。
 そこから先、彼女は幾つかの事を話した。
まず、護衛を依頼する意味はただ単純に自身の命を守るため。
そして、決まった日時に城に送って欲しいっていうのは――
「王位を継承するためです」
「……継承するため……?」
「はい。我が国では、王位を継承するにあたって条件がいくつか、あるのですが、その中の条件に十五歳を超えていないというのがあるんです」
 なるほど。自身が王になるために、城に戻りたいと。
「だけど、お前らお抱えの騎士団に送ってもらうのはダメなのか?」
 羽の剣騎士団は王国最強と謳われている騎士団である。
以前、隣国と戦争をしている際にも、かなりの武勲を挙げたとか。
そんな自国他国共に認める最強の騎士団があるのに、俺なんかを頼るのはおかしい。
「……言いたくないのですが、自国の者に私が生きていて、面白くないと思っている人物が居るのです」
「だから、頼れないと」
 こくこくっと二回頷いた。
「……お前は王になって、何がしたい? 自身の欲を満たしたいのか、それとも、亡き前王の意思でも引き継ぎたいのか?」
「……私は良い国を作りたいんです」
「分かんねぇな。その良い国ってのはどんな国だ? 豊かなのか貧しいのか、強いのか弱いのか。中味がまったく不透明で見えないんだ」
 リーリアは俺の言ってる意味が分かったのか、言葉を詰まらせていた。
俺は頭の空想論も思い描いた夢も否定しない。
だが、まともな現実論を唱えられない奴に国民の上に立つ資格はないと、そうも思っている。
「ごめんなさい。分かりません。……私は良い国がどんななのか分かりません」
 それでも、とリーリアは俺を見つめた。
「作らなくちゃダメなんです」